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ビジュピコの特徴

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JEWELRY WHOLESALE AREA “Okachimachi”

日本唯一の宝飾問屋街に本店を構えるビジュピコ

国内最大級のブライダルジュエリーセレクトショップを40店舗以上運営するビジュピコは、
東京の上野御徒町に本店をオープンしました。
日本唯一のジュエリー問屋街として最盛期にはジュエリーの全国取引額の2/3、
1000ものジュエリー卸商があると言われていた御徒町に小売業者が出店することは、
一般的に問屋価格よりも小売価格の方が高いことから非常にハードルが高く不可能と言われていましたが、
わたしたちは全国に低価格で高品質なジュエリーを届けるために
御徒町に本店を構えました。

高品質なジュエリーを問屋街の価格で全国へ提供する挑戦

メーカー、卸業者で構成される御徒町は、圧倒的な商品数と、
ブランド料などが加算されていない問屋価格でのジュエリーの提供が当たり前。
ビジュピコはトレンドのデザインや、高品質なジュエリーをセレクトし、
御徒町から全国へ高品質なジュエリーを同じ価格で提供することに挑戦した初めてのブランドです。

INFOGRAPHICS

ジュエリー産業事業所数

山梨県甲府市はかつて水晶の産地であったことから、今も宝石の研磨加工や貴金属の加工業が盛んです。ジュエリーの集積産地としても知られていますが、4人以上の事業所数は県下全体で400軒。上野5丁目だけで2,000軒が密集する御徒町の圧倒的な宝飾業の数は、世界的に見ても驚くべきものがあると言えるでしょう。

山梨県 (4,465㎢)400軒
ジュエリータウン御徒町 (東京都台東区上野5丁目, 約1㎢)2,000軒以上
世界のジュエリータウン

御徒町は、世界各国にあるジュエリータウンのひとつとして位置付けられています。世界の主要なジュエリータウンの特徴をご紹介します。

御徒町(日本)

多くの宝飾メーカー、卸、小売店が並ぶ日本の宝石のメッカ。日本唯一、最大級の宝石問屋街と言われる御徒町では、近年では卸問屋が小売業も行うケースも増えており、より良い品質のものをより低価格で販売するという状況が高まっています。日本で宝飾産業の盛んな都市として山梨県甲府市が有名ですが、宝飾関連の事業者数は甲府市全体より御徒町のほうが多いといわれています。

アントワープ(ベルギー)

世界で最もダイヤモンドの取引量が多いといわれるベルギー北部の港町。ダイヤモンドの研磨の聖地とも呼ばれ、加工場が多く、ダイヤモンド原石の84%、研磨済みダイヤモンドの50%、工業用ダイヤモンドの40%がアントワープで取引されているといわれています。世界に20ヵ所しかないダイヤモンド取引所のうち、4つがアントワープにあるという、世界のダイヤモンド取引、研磨・カットの中心地です。

香港(中国)

「自由貿易地域」の香港では、関税など国家の介入が行われない地域であり、香港で取引をすれば税金がかからないため、世界最大規模の宝飾展示会が多く開催されています。なかでも、世界中で宝飾展示会を開催するUBM社が運営する展示会「香港ジュエリー&ジェムフェア」は年2回開催され、2018年6月のフェアには世界40カ国から集まった約2,200社が出展、100以上の国から約25,000人が訪問しました。

テルアビブ(イスラエル)

古くからユダヤ人による宝石加工業で栄えた街。アントワープに次ぐ、ダイヤモンドの集散地、研磨地であり、ダイヤモンドの取引において世界有数の中心地の一つ。テルアビブ郊外のラマトガンにあるIsrael Diamond Exchange(イスラエルダイヤモンド取引所)の4つのダイヤモンドタワーは、1940年代からイスラエルのダイヤモンド産業の拠点として繁栄しています。

チャンタブリ(タイ)

タイは世界でも有数のカラーストーンのカッティングや取引の中心地の一つ。2018年には宝石価値、約2,915億円を輸出しています。タイの宝石宝飾品機関によると、サファイアは世界の約半分のシェアを占めています。トレーダーのほとんどが輸出拠点をカラーストーン業界の伝統的な中心地であるバンコクに構える一方、ほぼすべてのカッティングはチャンタブリで行われています。

ムンバイ(インド)

アラビア海に面したインド西部のメトロポリタンであるムンバイ(旧ボンベイ)とスーラトは、ダイヤモンドの一大取引・研磨加工地で、両市は世界有数のダイヤモンド研磨加工センターとなっています。かつて歴史に残るビッグダイヤモンドを産出したインドは、現在は、世界最大級のダイヤモンドの研磨加工地として世界各国に輸出。日本が輸入する研磨済みダイヤモンドの多くはインドから来ています。

御徒町の歴史

戦後の歩み

第二次世界大戦後、上野で米軍の兵士が時計やアクセサリーなどの売買をはじめた青空マーケットが今のアメ横の前進。御徒町はアメ横のバックヤードとして仲買機能を果たしながら、時計やジュエリーを業者同士の交換会である「市」も行われるようになりました。

それから台東区内で様々な市が開催されるようになりましたが、地方の小売店が仕入れに来た際に、台東区内に市が点在していたため仕入れの効率が悪く、それを解決するために、時計関係の問屋有志12社が御徒町駅前に集まることを目的に「仲御徒町問屋連盟」を結成しました。

また、市で活躍した人たち(旗師)が中心となって「全国宝石卸協同組合」も結成されます。その鑑別部門として1986年に㈱全国宝石学会も設立され、御徒町は宝飾品取引の中心地としての地位を確立しました。

1955年から始まった高度経済成長により、ジュエリー等のぜいたく品も爆発的に売れ行きを伸ばし、消費の増大と供給の増大がかみ合い、御徒町の業者数も比例して増えていきました。

日本唯一のジュエリー問屋街「御徒町」

1975年ごろから、卸商は指輪中心の商材から、ネックレス、空枠、ダイヤモンド、真珠、宝石ルースなどの様々な商材を扱う業者が次々と集まりました。

それから、御徒町に来ればどんなジュエリーでも揃うと小売店の間で評判になるに伴い、ジュエリー業者も次々と集まるようになりました。最盛期には全国取引額の2/3、御徒町駅東側だけでも1000もの業者があると言われる日本唯一のジュエリー街へとなりました。

今では、台東区からもジュエリーが地場産業として認められるようになり名実ともに日本唯一のジュエリー問屋街として、日々多数のお客様を迎えています。

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